2013年3月17日日曜日

ドイツ語練習帳(日記)

Gestern besuchte ich die Ikko Tanakas Ausstellung in Nara.
Dort sah ich deutschen Posters, aber kann ich nicht alle Information darauf lesen.
Ich möchte Deutsch mehr verstehen.

2013年3月15日金曜日

GNOMEの翻訳をやってみました〜Launchpad(Ubuntu)での翻訳と比較してみての感想〜

GNOMEで翻訳をやってみました。
記憶が薄れないうちに。その感想兼備忘録兼伝達用途です。

経緯

Launchpad(以下、Lp)でRhythmboxの修正翻訳をサジェストして、レビューをお願いしたところ、そのサジェスチョンが採用されたのですが、おかのさん(@okano_t)からついでに「上流=GN0OME側にも投げてくれませんか」ということで、いい機会なのでやってみました。

私の立場

  • Lp(Ubuntu側)でしか翻訳はやったことがなかった。
    • 当然(威張ることではないですが)、poはいじったことがない。
    • 上流での作業に興味自体はあった。経験はなかった。
  • Ubuntuを使い出したのは10.04から。
  • Lpで翻訳に本腰を入れ始めたのは11.04くらいの頃だったと記憶。
  • 12.10のあとにUbuntu Translatorのメンバーに入れていただきました。

Lpでの翻訳についての感想(GNOME側での作業以前)

  • 翻訳1つからできるので気楽
  • 特にこだわらなければ、採用されるかリジェクトされるかなので気楽
  • 一方、こだわり出すと「こうだからこうした」というコミュニケーションの場がLp自体には事実上ない(?)ので不満
    • Twitterでやり取りしてもいいのだけど、他の方々は忙しそうだったりするので少々憚られることも

GNOMEでの翻訳(ミスとかいろいろひっくるめて)

  • 当初、目標としていた翻訳ミスの修正はそつなくこなしました。
  • せっかくなので珍しいものを眺めるようにぺらぺら〜とpoファイルを眺めてたら、fuzzyって付いてるところのアクセラレーターが違ってたり、原文ではないのについてたりとおかしい(伏線1)ってことでそれも直してみることに。
  • fuzzyなところ、アクセラレーターだけじゃなくて、翻訳もおかしくね?(伏線2)ってことで気づいたところの翻訳も直しました。
  • poをアップロードしたところ、おかしいところがあるってかずけんさん(@kazken3)からご指摘頂いたので、見てみたら、アクセラレーターだけ直して(伏線1')、原文と翻訳が一致してない(伏線2')というのをポロポロ発見しましたので、修正の上、再度、アップロード。
    • 伏線1/2/1'/2'…要はfuzzyの意味とか取り扱いとかがわかってなかったということです。
  • 再度のレビューを経たのち、コミッターの松澤さんから「ここはこうだから、こうしてください」という指示を頂いたので、それに従う形で修正し再度アップロード
  • コミット待ち?←イマココ!

GNOMEでの翻訳についての感想(と反省)

  • こちらでの作法を知らなくて苦労しました(反省)
    • おかのさんから、GNOMEでの翻訳についての記事がうぶまがのサイトにあって公開されてるよ、と教えていただきました。最初に読むべきでした
    • poを触ったことないとか、GNOMEで作業やったことないとか、自分のスキルについてはおかのさんやかずけんさんには最初にきちんとお伝えすべきでした
  • Twitterとか別の場所ではなく、同じ場所でコメントをいただけるのはやはり便利だなと思いました
  • 対訳表があるのは便利だと思いました
  • ですが、一方で、「ツールチップはユーザーに説明するように敬体で」というご指摘を頂いたのですが、知らなかったです……。どこかに書いてあるんでしょうか……。初めてなのでどこに何が書いてあるのかわからn(絶命
  • GNOMEでの翻訳は1つからでもOKとなっていますが、個人的な感想ですが、翻訳する側としては1つからってのはちょっと気が引ける
    • レビューする側からすると、数が多いのはしんどそうと思いました

Lp/Ubuntu側での翻訳についての感想(今)

  • 1つからでも翻訳OKが文字通りやりやすいように思いました(個人のかんs(ry)
    • Lpでやりとりできないのは先述の通り不満ですが、一方で、これはそのおかげなのかな、など
  • レビューも1つずつできるのは楽だと思います
  • 上流に反映させることが推奨されてますが、その誘導が不十分なように思いました
    • 現に私は迷子になりました(地図もコンパスもろくに見てない自業自得感はありますが)
    • いろんなアプリとかを網羅するのは難しいとは思うのですが、もにょもにょ
  • Webで完結するのはいいですね

まとめ

総合的に見て、Lpの方が気楽だなって思いました。慣れが占める部分が大きいのかもしれませんが。「翻訳やってみたいんだけど」という人がいたとして、私ならこちらを勧めると思います。一方、上流で翻訳するほうがUbuntuのみならず他のディストリにも貢献できるので、こちらでの活動も増やしていきたいとは思います[要精進]。
ご覧になる方によっては、「新参者のくせに」とか「自分の勉強不足だろ」とか「お前に言われなくてもわかってるよ」とかいろいろ言われそうなことを書いたような気もしますが、初心者だから、と温かい目で見てただければ嬉しいです。

2013年3月5日火曜日

最近観た第二次世界大戦関係の感想

この2週間で立て続けに3本の第二次世界大戦関係の映画を観ました。

  

制作年代順と観た順がたまたま一致してました。

  1. 遠すぎた橋(1977年)
  2. プライベート・ライアン(1998年)
  3. ワルキューレ(2008年)
ベースとなる出来事順に並べ替えるとこんな感じです。
  1. プライベート・ライアン(オーバーロード作戦)
  2. ワルキューレ(7月20日)
  3. 遠すぎた橋(マーケット・ガーデン作戦)
結論から言えば、個人的な関心の持ちようもありますが、私は遠すぎた橋が一番良かったなと思います。どれも良かったとは思うけど。(あ、あんまり、映画は観ない方です。)
内容を思い返す感じで、最近観た順にいろいろ書いてみたいと思います。

『ワルキューレ』は、うん、どういう内容か、ある程度、細かいところまで知ってたので、「映像化されるとこうなるかぁ〜」的な上から目線の感じで観ました。
内容は、題材となるヒトラー暗殺計画自体が小説みたいな感じなので、そりゃ面白いよね、が率直な感想。
配役はう〜んって感が否めませんでしたね。伯爵クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクとその副官のヴェルナー・フォン・ヘフテンはいいとして、「私のトレスコウを返して!」「オルブリヒト、歳行きすぎだろ」「フロムはもっと痩せてるでしょ」って言いたかったです。いや、まだ、この3人は分かったからいいものの、クウィルンハイムは最後までわからなかった(途中で言ってたかな……)。「そうか、お前がレーマーだったのか……」だし。
ポジティブに解釈するなら、皆が皆知ってる人ばかりではないから、個人名はあまり出さないようにして、特徴的な配役で代替してるのかなっていう印象。
まぁ、配役については、勝手に知ってるだけだしってことで目を瞑るとしても、かなり興が削がれたのは、英語で喋ってることですかね。「ワルキューレ作戦」を伯爵クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクがタイプさせるシーンを始め、口で英語を喋りながら、ドイツ語で紙にタイプされるってのはかなりシュールなものがありますね。
総括すると、個人的にはいろいろと知ってしまってるので、う〜んという感じですが、「初見だったら」という仮定に立つとそこそこ良かったのでは。初見の方はぜひとも、そのまま、この映画をご覧になって、そのあと、いろいろ知った上で、もう一度ご覧になると、どういう感想の変化が生じるのか知りたいところであります。あ、でも、初見で分かるストーリーなのかな……、という疑問も。

Further reading:

『プライベート・ライアン』は、見せる映画だなぁって一言に尽きると思います。しょっぱなから「オマハビーチ」とか出てきて、「あぁ……」って感じで覚悟固めた感じでしたが、凄惨な戦闘シーン(なんかこの表現は「閑静な住宅街」に通じる違和感がありますが)は、見事なカメラワークや仕掛け(グロ注意)など、さすがスピルバーグと言ったところ。
これらの描写の巧みさもさることながら、フィクションならではのストーリー展開も良かったと思います。
ノルマンディー上陸に際しては、降伏したドイツ兵を射殺して、ジョークを言い合うアメリカ兵に対して観客に嫌悪感を抱かせておきながら、最後はチームで唯一の"我らが"パンピー代表ことアパムと同じ感情を抱かせる。そうして、戦争の中の人間の心のあり方をえぐり出すってストーリーね。
チームで唯一の"我らが"パンピー代表ことアパムには劇中、何度も危なっかしいなとか、イライラさせられるシーンがありますが、まぁ、パンピーが放り込まれたらそうなりますわな。そういう意味でも、彼は"我らが"パンピー代表なんでしょうね。
私としては、ライアンだけ助かり、橋も奪われ、みたいなエンドの方が不条理感高まってよかったんですが、そこはアメリカンストーリーかな。
見応えはある映画だったんだけど、個人的には『遠すぎた橋』には勝てないかなという感じが否めませんでした。理由は後ほど。

最後に『遠すぎた橋』
正直言って、わかりにくいので2回観るのをおすすめします。(あるいは、事前にWikipediaの「マーケット・ガーデン作戦」の項目をご覧になるなど)
3つの空挺師団と1つの空挺旅団、1つの地上部隊が7つの橋をめぐってドイツ軍と戦うので視点がコロコロ移るし、地図がはっきり出るわけでもないので、よくわからない。加えて、出てくるおっさんたちの顔が濃すぎ&薄汚れてるのダブルパンチでわかりにくさに拍車を掛けてます(※個人の感想)。
『ワルキューレ』とは対照的に、登場する実在の人物についてはほとんど知らないので、「ギャビン准将かっこいい〜」とか「ロバート・レッドフォード若い〜」とか言いながら観てました。
『プライベート・ライアン』のクライマックスようなものも無ければ、『ワルキューレ』のようなドキドキハラハラ感もなく、淡々と話が進むわけですが、個人的にはそこが良かったです。徹底的に実話ベース。特典DVD観てると、えっ、これも実話なの?ってなります。あと、ドイツ軍はちゃんとドイツ語で喋りますしw
テーマ曲のマーチがまた素晴らしいです。
主に焦点が当たっていたのが尉官以下の前線部隊だった『プライベート・ライアン』に引換え、『遠すぎた橋』では、佐官以上の高級将校にそれが当てられてたのも良かったです。私個人の関心が軍の指揮や命令系統、組織といったものにあるということを再認識した次第ですが、前者のような作品だと、"我らが"パンピー代表なアパムがああなるような非日常な部分にスポットが当たりますが、この作品だと、「組織とは」といった主題に還元されうるように思いました(Amazonのレビューでも散見)。
また、軍の上層部の非(無能?驕り?つまらない競争心?見栄?)を告発する作品ように私は思いました。救いのない幕引きです。さっき述べた通り、淡々と流れるだけ。自分が歴史をやってるってのもあるんでしょうか、そういうのがしっくりくるんです。
77年公開というのにも注目したいですね。

まぁ、いろいろ書きましたが、どれも一長一短ありますが、どれもいい映画だったように思います。