2013年3月15日金曜日

GNOMEの翻訳をやってみました〜Launchpad(Ubuntu)での翻訳と比較してみての感想〜

GNOMEで翻訳をやってみました。
記憶が薄れないうちに。その感想兼備忘録兼伝達用途です。

経緯

Launchpad(以下、Lp)でRhythmboxの修正翻訳をサジェストして、レビューをお願いしたところ、そのサジェスチョンが採用されたのですが、おかのさん(@okano_t)からついでに「上流=GN0OME側にも投げてくれませんか」ということで、いい機会なのでやってみました。

私の立場

  • Lp(Ubuntu側)でしか翻訳はやったことがなかった。
    • 当然(威張ることではないですが)、poはいじったことがない。
    • 上流での作業に興味自体はあった。経験はなかった。
  • Ubuntuを使い出したのは10.04から。
  • Lpで翻訳に本腰を入れ始めたのは11.04くらいの頃だったと記憶。
  • 12.10のあとにUbuntu Translatorのメンバーに入れていただきました。

Lpでの翻訳についての感想(GNOME側での作業以前)

  • 翻訳1つからできるので気楽
  • 特にこだわらなければ、採用されるかリジェクトされるかなので気楽
  • 一方、こだわり出すと「こうだからこうした」というコミュニケーションの場がLp自体には事実上ない(?)ので不満
    • Twitterでやり取りしてもいいのだけど、他の方々は忙しそうだったりするので少々憚られることも

GNOMEでの翻訳(ミスとかいろいろひっくるめて)

  • 当初、目標としていた翻訳ミスの修正はそつなくこなしました。
  • せっかくなので珍しいものを眺めるようにぺらぺら〜とpoファイルを眺めてたら、fuzzyって付いてるところのアクセラレーターが違ってたり、原文ではないのについてたりとおかしい(伏線1)ってことでそれも直してみることに。
  • fuzzyなところ、アクセラレーターだけじゃなくて、翻訳もおかしくね?(伏線2)ってことで気づいたところの翻訳も直しました。
  • poをアップロードしたところ、おかしいところがあるってかずけんさん(@kazken3)からご指摘頂いたので、見てみたら、アクセラレーターだけ直して(伏線1')、原文と翻訳が一致してない(伏線2')というのをポロポロ発見しましたので、修正の上、再度、アップロード。
    • 伏線1/2/1'/2'…要はfuzzyの意味とか取り扱いとかがわかってなかったということです。
  • 再度のレビューを経たのち、コミッターの松澤さんから「ここはこうだから、こうしてください」という指示を頂いたので、それに従う形で修正し再度アップロード
  • コミット待ち?←イマココ!

GNOMEでの翻訳についての感想(と反省)

  • こちらでの作法を知らなくて苦労しました(反省)
    • おかのさんから、GNOMEでの翻訳についての記事がうぶまがのサイトにあって公開されてるよ、と教えていただきました。最初に読むべきでした
    • poを触ったことないとか、GNOMEで作業やったことないとか、自分のスキルについてはおかのさんやかずけんさんには最初にきちんとお伝えすべきでした
  • Twitterとか別の場所ではなく、同じ場所でコメントをいただけるのはやはり便利だなと思いました
  • 対訳表があるのは便利だと思いました
  • ですが、一方で、「ツールチップはユーザーに説明するように敬体で」というご指摘を頂いたのですが、知らなかったです……。どこかに書いてあるんでしょうか……。初めてなのでどこに何が書いてあるのかわからn(絶命
  • GNOMEでの翻訳は1つからでもOKとなっていますが、個人的な感想ですが、翻訳する側としては1つからってのはちょっと気が引ける
    • レビューする側からすると、数が多いのはしんどそうと思いました

Lp/Ubuntu側での翻訳についての感想(今)

  • 1つからでも翻訳OKが文字通りやりやすいように思いました(個人のかんs(ry)
    • Lpでやりとりできないのは先述の通り不満ですが、一方で、これはそのおかげなのかな、など
  • レビューも1つずつできるのは楽だと思います
  • 上流に反映させることが推奨されてますが、その誘導が不十分なように思いました
    • 現に私は迷子になりました(地図もコンパスもろくに見てない自業自得感はありますが)
    • いろんなアプリとかを網羅するのは難しいとは思うのですが、もにょもにょ
  • Webで完結するのはいいですね

まとめ

総合的に見て、Lpの方が気楽だなって思いました。慣れが占める部分が大きいのかもしれませんが。「翻訳やってみたいんだけど」という人がいたとして、私ならこちらを勧めると思います。一方、上流で翻訳するほうがUbuntuのみならず他のディストリにも貢献できるので、こちらでの活動も増やしていきたいとは思います[要精進]。
ご覧になる方によっては、「新参者のくせに」とか「自分の勉強不足だろ」とか「お前に言われなくてもわかってるよ」とかいろいろ言われそうなことを書いたような気もしますが、初心者だから、と温かい目で見てただければ嬉しいです。

2013年3月5日火曜日

最近観た第二次世界大戦関係の感想

この2週間で立て続けに3本の第二次世界大戦関係の映画を観ました。

  

制作年代順と観た順がたまたま一致してました。

  1. 遠すぎた橋(1977年)
  2. プライベート・ライアン(1998年)
  3. ワルキューレ(2008年)
ベースとなる出来事順に並べ替えるとこんな感じです。
  1. プライベート・ライアン(オーバーロード作戦)
  2. ワルキューレ(7月20日)
  3. 遠すぎた橋(マーケット・ガーデン作戦)
結論から言えば、個人的な関心の持ちようもありますが、私は遠すぎた橋が一番良かったなと思います。どれも良かったとは思うけど。(あ、あんまり、映画は観ない方です。)
内容を思い返す感じで、最近観た順にいろいろ書いてみたいと思います。

『ワルキューレ』は、うん、どういう内容か、ある程度、細かいところまで知ってたので、「映像化されるとこうなるかぁ〜」的な上から目線の感じで観ました。
内容は、題材となるヒトラー暗殺計画自体が小説みたいな感じなので、そりゃ面白いよね、が率直な感想。
配役はう〜んって感が否めませんでしたね。伯爵クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクとその副官のヴェルナー・フォン・ヘフテンはいいとして、「私のトレスコウを返して!」「オルブリヒト、歳行きすぎだろ」「フロムはもっと痩せてるでしょ」って言いたかったです。いや、まだ、この3人は分かったからいいものの、クウィルンハイムは最後までわからなかった(途中で言ってたかな……)。「そうか、お前がレーマーだったのか……」だし。
ポジティブに解釈するなら、皆が皆知ってる人ばかりではないから、個人名はあまり出さないようにして、特徴的な配役で代替してるのかなっていう印象。
まぁ、配役については、勝手に知ってるだけだしってことで目を瞑るとしても、かなり興が削がれたのは、英語で喋ってることですかね。「ワルキューレ作戦」を伯爵クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクがタイプさせるシーンを始め、口で英語を喋りながら、ドイツ語で紙にタイプされるってのはかなりシュールなものがありますね。
総括すると、個人的にはいろいろと知ってしまってるので、う〜んという感じですが、「初見だったら」という仮定に立つとそこそこ良かったのでは。初見の方はぜひとも、そのまま、この映画をご覧になって、そのあと、いろいろ知った上で、もう一度ご覧になると、どういう感想の変化が生じるのか知りたいところであります。あ、でも、初見で分かるストーリーなのかな……、という疑問も。

Further reading:

『プライベート・ライアン』は、見せる映画だなぁって一言に尽きると思います。しょっぱなから「オマハビーチ」とか出てきて、「あぁ……」って感じで覚悟固めた感じでしたが、凄惨な戦闘シーン(なんかこの表現は「閑静な住宅街」に通じる違和感がありますが)は、見事なカメラワークや仕掛け(グロ注意)など、さすがスピルバーグと言ったところ。
これらの描写の巧みさもさることながら、フィクションならではのストーリー展開も良かったと思います。
ノルマンディー上陸に際しては、降伏したドイツ兵を射殺して、ジョークを言い合うアメリカ兵に対して観客に嫌悪感を抱かせておきながら、最後はチームで唯一の"我らが"パンピー代表ことアパムと同じ感情を抱かせる。そうして、戦争の中の人間の心のあり方をえぐり出すってストーリーね。
チームで唯一の"我らが"パンピー代表ことアパムには劇中、何度も危なっかしいなとか、イライラさせられるシーンがありますが、まぁ、パンピーが放り込まれたらそうなりますわな。そういう意味でも、彼は"我らが"パンピー代表なんでしょうね。
私としては、ライアンだけ助かり、橋も奪われ、みたいなエンドの方が不条理感高まってよかったんですが、そこはアメリカンストーリーかな。
見応えはある映画だったんだけど、個人的には『遠すぎた橋』には勝てないかなという感じが否めませんでした。理由は後ほど。

最後に『遠すぎた橋』
正直言って、わかりにくいので2回観るのをおすすめします。(あるいは、事前にWikipediaの「マーケット・ガーデン作戦」の項目をご覧になるなど)
3つの空挺師団と1つの空挺旅団、1つの地上部隊が7つの橋をめぐってドイツ軍と戦うので視点がコロコロ移るし、地図がはっきり出るわけでもないので、よくわからない。加えて、出てくるおっさんたちの顔が濃すぎ&薄汚れてるのダブルパンチでわかりにくさに拍車を掛けてます(※個人の感想)。
『ワルキューレ』とは対照的に、登場する実在の人物についてはほとんど知らないので、「ギャビン准将かっこいい〜」とか「ロバート・レッドフォード若い〜」とか言いながら観てました。
『プライベート・ライアン』のクライマックスようなものも無ければ、『ワルキューレ』のようなドキドキハラハラ感もなく、淡々と話が進むわけですが、個人的にはそこが良かったです。徹底的に実話ベース。特典DVD観てると、えっ、これも実話なの?ってなります。あと、ドイツ軍はちゃんとドイツ語で喋りますしw
テーマ曲のマーチがまた素晴らしいです。
主に焦点が当たっていたのが尉官以下の前線部隊だった『プライベート・ライアン』に引換え、『遠すぎた橋』では、佐官以上の高級将校にそれが当てられてたのも良かったです。私個人の関心が軍の指揮や命令系統、組織といったものにあるということを再認識した次第ですが、前者のような作品だと、"我らが"パンピー代表なアパムがああなるような非日常な部分にスポットが当たりますが、この作品だと、「組織とは」といった主題に還元されうるように思いました(Amazonのレビューでも散見)。
また、軍の上層部の非(無能?驕り?つまらない競争心?見栄?)を告発する作品ように私は思いました。救いのない幕引きです。さっき述べた通り、淡々と流れるだけ。自分が歴史をやってるってのもあるんでしょうか、そういうのがしっくりくるんです。
77年公開というのにも注目したいですね。

まぁ、いろいろ書きましたが、どれも一長一短ありますが、どれもいい映画だったように思います。

2013年1月28日月曜日

絵・写真にキャプションを付ける遊び(1)

その昔、地元の図書館で借りた『知の歴史 ―ビジュアル版 哲学入門―』という本をとても気に入っていて、購入したいくらいなのですが、今や絶版という代物。
それはともかく、この本の素敵なところはビジュアル版ということだけあり、写真や絵画が豊富に使われていているのですが、そのキャプションがとても好きです。
例えばこんな感じ。

「人生を徹底して生きようとすると,人は争いに巻き込まれる。しかしニーチェによると,争いの中にある緊張感が,指導者としての力を最大限に引き出し,その能力をさらに高めてくれるのだった。この絵はフランス軍兵士が1806年のイェーナの戦いでプロシアの旗を奪い,凱歌を上げている姿である。」


この写真の使い方とキャプションをつけるセンス見習いたいと思ったので、似せて自分もこれからちょいちょい書いて見ることにしたいと思いました。

(1)Battle of Hohenfriedberg, Attack of the Prussian Infantry , by Carl Röchling. を使って
「プブリウス・シルスは「常に人間は、自分に対してはあることを考え、他人に対しては他のことを考える。人間は他人を判断するのとは異なったように自分を判断する」と記した。この絵画はオーストリア継承戦争のホーエンフリートベルクの戦いで敵に向かって前進するプロイセン軍歩兵の戦列を描いたものだが、兵士は両隣の戦友が敵弾に倒れることは考えても、自らが倒れることはないと考えているだろう。」

2013年1月14日月曜日

風呂の湯気

お風呂が湧いて一番で浴室に入ると、お風呂の湯気で室内があふれている。暖かそう。
しばらく湯船に浸かっていると、湯気が引いてしまって、なんだか寒い。

ってこれよく考えるとあれですよね、飽和水蒸気量の話ですよね。
湯気が引いちゃうのは浴室内の温度が上がったから、それに伴って飽和水蒸気量が増加して、目に見えるサイズを維持できない的な話。

体感として寒くなってたのは、体温が室温以上に上がってたから。

という、中学理科のお話。

2012年10月28日日曜日

Ubuntu12.10のxdviで日本語が表示されないぽよの解決法

Ubuntu 12.10ではTeXLiveが2012となり[1]、texlive-lang-cjkというメタパッケージをインストールすると素直にUTF-8が扱えるTeX環境が作れて個人的にはすごくうれしいです[2]。

ところで、作成されたdviをxdviで開くと日本語が表示されなかったんですね。
これは、xdvik-jaってのをインストールしたら、update-alternativesが働いて日本語OKなxdviに置き換わって表示されるようになりまする。

前は他のサイトを見てコピペしたコマンドを入れてたので、多分その中にあったんでしょうね。

[1]https://lists.ubuntu.com/archives/ubuntu-jp/2012-October/004233.html
[2]https://wiki.ubuntu.com/QuantalQuetzal/ReleaseNotes/ja/JapaneseEnvironment

2012年10月11日木曜日

USB3.0なメモリにUbuntu12.04をインストール

USB3.0なポートがついてるので、そこにメモリをつないでOSインストールしたら緊急時の作業環境として使えるんじゃね?って発想でUbuntu12.04をインストールしてみたメモ。

使用メモリ: Princeton PFU-XJ3/8G(大学生協で安かったので)

[インストール]
若干手間取りました。

ケースフロントパネルのUSB3.0対応のポートに挿したらインストール時の挙動が変で、インストールに失敗した。バックパネルのマザボ直のポートに挿したらインストールは(後述の問題を除いて)基本的に問題なし。
インストール完了後にフロントパネルので再チャレンジしたけど、今度も起動できず。
ブートに使わなければ、普通に動いてるっぽいので、よくわからない。ブートには向いてないのかな。

ユーザー設定の時に、USBメモリだし紛失したらあれだからと、ホームディレクトリを暗号化するにチェックを入れたらエラーが出たので、再試行を選んで、チェックを外したら前に進みました。
USBメモリが悪いのか、インストーラーが悪いのかよくわかりませんが。

あとは問題なし。当然、スワップ領域は確保せず。

[使用感]
とりあえず、bootchartのデータを貼っておきます。
このPCになってからはずっとSSDから起動してるのでHDDから起動するとどの程度の速度かわからないのですが、体感的にHDDよりちょい遅いくらいなのかななどと[要検証]

多分メモリが安物だからだと思うけど、操作してるとシステムが一時的にフリーズすることしばしば。
キャッシュのライトバック間隔をデフォルトの5秒から15秒にしてみたら(/etc/sysctl.confにvm.dirty_writeback_centisecs = 1500を追記)、少しはましかもしれないけど、印象の域を出ないです。
このメモリはベンチマーク取ると平均読み込み速度は70MB/secを超えるあたりで推移してて、グラフを見てても、ガクンと落ち込んでるのでこれがプチフリの原因かもしれない。

私はやってみたかっただけなのですが、Linux環境を触るという目的でかつ、既存の環境には一切手を加えたくないということでUSBにインストールするならば、ちょっと高くてもいいメモリを使うのがお勧めかなという印象。
システムインストール直後は4GBも使わないので余裕を見て8GBあればOKで、関連データも置きたければ、それに合わせて大きくしていけばいいのではないかと。

[追記]
カーネルのアップデートがあった場合や、update-grubをかけるたびに、内蔵ストレージに入ってるOSが検知されてgrubに登録されてしまい、厄介(他のPCに挿すと、動きもしないのにOSエントリだけがあるなど)なので、
sudo chmod -x /etc/grub.d/30_os-prober
としておくといいと思います。

2012年10月6日土曜日

今日たまたま見た某Twitterアカウントのツイートにより触発されたところの所感

思ったことがあったので雑記。今までいろいろツイートしてきたことのまとめも兼ねて。
(以下の文章は個人の感想です。)

Twitterでアカウントを取得して、広報を行なっている学生団体はそこそこ見受けられるように思う。
そういう系統のアカウントはあまりフォローしないので、成果を上げているところが多いのか、すくないのかの判断は難しい。

が、私の見た限りで成果の上がってなさそうな学生団体アカウントが少なくともいくつかは存在するので、いろいろ雑考したほどを記してみようと思う(これ読んだ関係者は気づけ。)

Twitterへの参入障壁はほぼ無に等しい。インターネット回線1本と有効なメールアドレスが1つとがあればアカウントの取得自体は簡単に出来る。メールアドレスはG社とかY社とかのフリーメールを使えば無償だし、インターネット回線もすでに保持しているのならば追加費用はゼロ。だからこそ、資金のない学生団体には非常に魅力的な宣伝媒体に見える。
しかし、当然のことながら、宣伝媒体として有効に活用できるかはここからにかかっている。

結論から言えば、Twitterでの宣伝行為(知ってもらう、キャンペーンを告知する、既存のユーザーにより好きになってもらう、その他もろもろ含めてこう記そうと思う)には「お金はかからないかもしれないがコストはかかる」ということである。
比較的宣伝行為に成功している(した)と(個人的に)思う企業アカウントがあるので紹介したい。

BEER to friends
天下のKIRINさんが行った新商品アピールのためのアカウント。9月に2万本、10月に5万本を抽選でばら撒くという太っ腹ぶり(230[円/本]x7万[本]=1610万円分)。
デル株式会社
「デルで買ったプリンターが調子悪いんだけど」とつぶやこうものなら「申し訳ございません。うんたらかんたら」というリプが来る感じのアカウント。
トランセンドジャパン
前にざっくばらんなツイートをなさってお茶の間を騒がせたアカウント。「ありがとらんせんど」など明日から使いたくなる言い回しばかり。
信長書店公式アカウント
なんか、あれな書店ですが、ツイート内容は至って普通。細かくリプを投げてくるなど、こちらもフォロワー1人1人を大切にしてらっしゃるんだなぁという印象が強くて高好感度。

とまぁ、ご覧になれば同意していただけるのではないかと思うが、ビールのアカウントはもろモノ=金銭コストで釣ってるけど、他の3つはそれなりに、手間=コストかけてるように私は思う。

さて、翻って私が念頭においてるアカウントたち……うーん……。作りっぱなし感が半端ないし、言いっぱなしの投げっぱなしなツイートが多いなぁ。というか、ツイート自体すくないわ、みたいな。関連ワードでツイートの検索かけたら、結構引っかかるのに取りこぼしてて、「絡んでいけよ!!!」って思うこともしばしば。双方向性を活かした使い方しないなら、他の手段を考えた方がいい。Twitterは団体内の告知用メーリングリストと違いますよ〜。
(MLを告知用途で使うってのがそもそも個人的には疑問だけど)
元から知名度のある大企業とかだとそれもまぁ、いいと思うけど(元から知名度がある企業や某政治家でそういうTwitterの使い方してるとそれはそれでどうかなぁみたいなのあるけど)。

Twitterを宣伝媒体としてみた場合、イメージとしてはGoogleのPageRankに近いんではなかろうかと思う。Twitterでより大きな宣伝効果を求めるならば、自分のフォロワーを増やすか、フォロワーの多いアカウントの力を借りる(RTされる)か、くらいしかないと思う。(他にもあるかもしれないけど。)

ま、なんか、いろいろ書いたけど(だんだん面倒くさくなってきた←)、担当を1人付けるでも持ち回りでツイートするでも何でもいいけど、そのアカウントでツイ廃を1人作るくらいの勢い(あくまで「勢い」)でTwitterに向かわないと、宣伝効果ないよ、たぶん。自分とこの団体名・媒体名でエゴサーチかけて絡むとか、何か配布するなら配布予定地で検索かけて、「配るからヨロシク!」とメンション投げるとか。
宣伝する気がないなら別に構わないけど、それなら中途半端にアカウントなんて持つべきじゃないと思う。
ほら、2ヶ月前にもらったリプ今頃返してるでしょ?
作って放置気味だと、「活発じゃないんだな」って印象持たれて逆にイメージ悪くなる。
botをグダグダ〜って回すのは最悪だと思う。何したいのかわからん。