TeX環境をレポジトリからUbuntu 13.10に入れて作業しているのですが、入れた途端、システムのフォントがIPAフォントに変わってしまうのが気に入らないので直す方法。
状況整理
TeX環境の構築はtexlive-lang-cjkパッケージをインストールすれば一発です。
問題点
texlive-lang-cjkはfonts-ipafont-mincho, fonts-ipaexfont-mincho, fonts-ipaexfont-gothicに依存していて、どうやら、システムのフォントがこれらに置き換わってしまう模様。
→TeXで使うから依存関係なんだろうし、TeXのコンパイルに問題があるのも嫌なので、依存関係を壊さずに解決したい
解決策(良いとは言いがたい)
/etc/fonts/conf.availから65-fonts-ipa*を移動して、 sudo fc-cache -fv として再起動。
とりあえず直りました。見やすいです。TeXのコンパイルもきれいに通りました。
ですが、あまり気持ちはよくないです。頭の数字を増やすのがいいのかな。
2013年12月14日土曜日
2013年10月16日水曜日
国防軍とヒトラー I 引用1
エーベルトにとっては、僅か一年前に怒ったばかりのロシアの諸事件と同様のことが起こっていることは余りにも明白であったし、また余りにも恐ろしいことであった。すでにスパルタクス団は街頭に進出していた。ヴィルヘルム街の宰相官邸の中に坐ったままで、彼は、宮城にある根城から出てウンター・デン・リンデンを行進してゆく彼らのデモのざわめきを聞くことが出来た。ここで妥協したら、彼と彼の仲間はケレンスキーの二の舞を演ずることになるかも知れなかった。何故なら、そうしたら、スパルタクス団は、大した努力もせずに、協議会の指導権を握って、政府に既成事実を突きつけることが出来るであろうから。また、そうなればボルシェヴィズムが支配することなろうし、そして、そのような事態にたちいたった場合に、彼が独立社会民主党の支持をあてにすることができないことは明白であった。
このようにして、あの十一月九日の運命的な夜には、内乱の妖怪に取りつかれていたエーベルトは彼の弱々しい権威を支えるための手段を絶望的に探し求めていたのであった。彼が頼りにすることが出来るのはいかなる勢力であったろうか?将校団はどうだったろうか?回答は劇的な形で突然やって来た。宰相のテーブルの上には、彼とスパの大本営とを個人的に、秘密の裡につなぐ電話がのっていた。不幸なマックス・フォン・バーデンが皇帝に対して、帝位を救うためには彼自身を犠牲にするように、と説得するために最後の絶望的な努力を行なって、失敗したのもこの電話を使ってのことであった。今度はその同じ受話器がマックス公の後継者に希望の便りを伝えて来た。エーベルトはその時一人きりであった。窓は閉ざされ、カーテンは引かれていた。しかし、それらを通して街頭のデモの騒がしい叫びは聞こえて来た。突然、電話が鳴り出して、他のすべての雑音を消してしまった。エーベルトは受話器をふるえる手で取上げた。そして、彼は喜びの余りに泣き出さんばかりになった。
「もしもし、グレーナーですが。」
スパからのきびきびとしたど軍人の声は尋ねた。政府はドイツを無政府状態から守り、秩序を回復しようという意志がありますか?
「そうしたいと思っています。」とエーベルトは言った。「それでは最高司令部は軍隊の規律を維持し、それを平和の裡に帰還させます。」とグレーナーは答えた。エーベルとは尋ねた。最高司令部は兵士協議会に対してどのような態度をとられますか?彼らを友好的に取扱えという命令を出しました、というのがその返答であった。宰相は更に尋ねた。「我々がどうすることをお望みですか?」「最高司令部は、政府が将校団と協力してボルシェヴィズムの抑圧と軍規の維持にあたることを期待しています。また、軍隊への食糧の供給が確保され、交通運輸の妨害が排除されるようお願いします。」最後に、ヒンデンブルクが軍の指導者としてとどまることが報告された。
このようにして、電話を通じての五、六回の言葉のやりとりのうちに、敗北した軍隊と動揺した半革命的政権との間には一つの協定が結ばれた。そして、この協定はその双方の当事者を極左的革命勢力から救うことにはなったが、同時に、ワイマール共和国は、この協定が結ばれたことによって、誕生の時に既にその没落を運命づけられたのであった。
pp. 127 - 28
このようにして、あの十一月九日の運命的な夜には、内乱の妖怪に取りつかれていたエーベルトは彼の弱々しい権威を支えるための手段を絶望的に探し求めていたのであった。彼が頼りにすることが出来るのはいかなる勢力であったろうか?将校団はどうだったろうか?回答は劇的な形で突然やって来た。宰相のテーブルの上には、彼とスパの大本営とを個人的に、秘密の裡につなぐ電話がのっていた。不幸なマックス・フォン・バーデンが皇帝に対して、帝位を救うためには彼自身を犠牲にするように、と説得するために最後の絶望的な努力を行なって、失敗したのもこの電話を使ってのことであった。今度はその同じ受話器がマックス公の後継者に希望の便りを伝えて来た。エーベルトはその時一人きりであった。窓は閉ざされ、カーテンは引かれていた。しかし、それらを通して街頭のデモの騒がしい叫びは聞こえて来た。突然、電話が鳴り出して、他のすべての雑音を消してしまった。エーベルトは受話器をふるえる手で取上げた。そして、彼は喜びの余りに泣き出さんばかりになった。
「もしもし、グレーナーですが。」
スパからのきびきびとしたど軍人の声は尋ねた。政府はドイツを無政府状態から守り、秩序を回復しようという意志がありますか?
「そうしたいと思っています。」とエーベルトは言った。「それでは最高司令部は軍隊の規律を維持し、それを平和の裡に帰還させます。」とグレーナーは答えた。エーベルとは尋ねた。最高司令部は兵士協議会に対してどのような態度をとられますか?彼らを友好的に取扱えという命令を出しました、というのがその返答であった。宰相は更に尋ねた。「我々がどうすることをお望みですか?」「最高司令部は、政府が将校団と協力してボルシェヴィズムの抑圧と軍規の維持にあたることを期待しています。また、軍隊への食糧の供給が確保され、交通運輸の妨害が排除されるようお願いします。」最後に、ヒンデンブルクが軍の指導者としてとどまることが報告された。
このようにして、電話を通じての五、六回の言葉のやりとりのうちに、敗北した軍隊と動揺した半革命的政権との間には一つの協定が結ばれた。そして、この協定はその双方の当事者を極左的革命勢力から救うことにはなったが、同時に、ワイマール共和国は、この協定が結ばれたことによって、誕生の時に既にその没落を運命づけられたのであった。
pp. 127 - 28
2013年10月5日土曜日
読書メーター使いにくいなと思ってブクログに乗り換えたらとても使いやすくて感動した件
タイトルの通り。
(以下、個人の感想です。各文、各文節ごとに「※個人の感想です」を補って読んでください。)
読書メーターのUI使いにくすぎ。
本を検索するのに和書・洋書って項目の存在理由がわからない。
和書・洋書でフィルターいけない状況が想像できない。私に言わせれば、タイトル入れれば和書か洋書かは大半の書籍で区別がつく(Lancester, "Aircraft in warfare, the dawn of the fourth arm"ってタイトルの和書があるのか???)ので、和書のまま洋書のタイトル入れてひっかからないとかいうのとてもイラつく。
あと、これは私の環境だけかもしれないけど、洋書名で検索かけると、スペースを勝手に省いて、次のページを押すと「そういう本ない」って言ってくるのもストレスだった。動きも遅い。
読書メーターは名前の通り「読書」に特化してて、読んだページ数に関する情報とかが出て、そういう機能はまぁ、いいんじゃないかなと思うけど、使用日数で既読書籍の総ページ数を割って何になるのか私にはわからなかったので、とどまる理由もなかった。
ブクログはその点、読書に特化しているのではなく、簡単に言えばAmazonで取り扱ってる各種媒体をすべてという感じ。検索カテゴリーも和書・洋書とかいう検索の上で利点のないものではなく、Amazonの分類にほぼ準拠していると思われる媒体別。検索欄に和洋を問わずタイトルを入れれば的確に本を表示してくれるのはサイコー。(というか当然でしょ)
DVDやCDのレビューを書けるのは個人的には良いと思うし、AmazonのアフェリエイトIDも使えるので良い。レビューをブクログにまとめるインセンティブがあるのでレビュー関係はブクログで基本的にはやっていこうと思う。
最初に読書メーターに入ったのはTwitterで(読書面で)気になる人がこれ使ってるパターンが多かったから、多分便利なんだろうという曖昧な理由だったけど、最初からブクログも検討すべきだった。自分の求めるサービスではなかった。読書メーターは気になる人たちのウォッチ用にする。
(以下、個人の感想です。各文、各文節ごとに「※個人の感想です」を補って読んでください。)
読書メーターのUI使いにくすぎ。
本を検索するのに和書・洋書って項目の存在理由がわからない。
和書・洋書でフィルターいけない状況が想像できない。私に言わせれば、タイトル入れれば和書か洋書かは大半の書籍で区別がつく(Lancester, "Aircraft in warfare, the dawn of the fourth arm"ってタイトルの和書があるのか???)ので、和書のまま洋書のタイトル入れてひっかからないとかいうのとてもイラつく。
あと、これは私の環境だけかもしれないけど、洋書名で検索かけると、スペースを勝手に省いて、次のページを押すと「そういう本ない」って言ってくるのもストレスだった。動きも遅い。
読書メーターは名前の通り「読書」に特化してて、読んだページ数に関する情報とかが出て、そういう機能はまぁ、いいんじゃないかなと思うけど、使用日数で既読書籍の総ページ数を割って何になるのか私にはわからなかったので、とどまる理由もなかった。
ブクログはその点、読書に特化しているのではなく、簡単に言えばAmazonで取り扱ってる各種媒体をすべてという感じ。検索カテゴリーも和書・洋書とかいう検索の上で利点のないものではなく、Amazonの分類にほぼ準拠していると思われる媒体別。検索欄に和洋を問わずタイトルを入れれば的確に本を表示してくれるのはサイコー。(というか当然でしょ)
DVDやCDのレビューを書けるのは個人的には良いと思うし、AmazonのアフェリエイトIDも使えるので良い。レビューをブクログにまとめるインセンティブがあるのでレビュー関係はブクログで基本的にはやっていこうと思う。
最初に読書メーターに入ったのはTwitterで(読書面で)気になる人がこれ使ってるパターンが多かったから、多分便利なんだろうという曖昧な理由だったけど、最初からブクログも検討すべきだった。自分の求めるサービスではなかった。読書メーターは気になる人たちのウォッチ用にする。
2013年9月16日月曜日
片山杜秀『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』(新潮選書、2012年)の感想など
第一次世界大戦に興味を持ちだした頃だろうか、私には長らく疑問に思っていたことがある。
それは「第一次世界大戦の『予示』ともいえる日露戦争を戦った日本は、その経験ゆえに、第一次世界大戦型の戦争への対応については世界的にリードする立場であってもよかったはずなのでは?」ということである。
もちろん、この疑問の後には、「それなのに、第二次世界大戦での日本軍のあり方を見る限り、全くそうではない」と続く。
あまり積極的に疑問の解消へ向かう努力をしていたわけではないが、無論、主に『歴史群像』などで知識を入れており(いわゆるミリタリー雑誌に属する部類であり学術的な文章でないことは最初に断っておく)、総力戦体制へ向けて産官学軍そろって第一次世界大戦を経験したヨーロッパから知識を吸収できるだけ吸収し、応用しようと努力したという知識は、不十分ながらも取り込んでいた。
例えば、学で言えば、東京・京都の両帝国大学に経済学部が第一次世界大戦後に設置されたのは総力戦に対応できる経済体制を構築するための研究を行うためであったというのは、山室信一『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦』(「レクチャー第一次世界大戦を考える」シリーズ、人文書院、2011年)
の合評会に参加した際、山室先生がおっしゃっていたし、歴史群像 No.118 2013年4月号
所収の田村尚也「国家総動員法への道 総力戦に備えよ!」は先述の通りであるが、逆にそれ故、コンパクトに、国家ぐるみでの総力戦体制へ向けて官をメインにヨーロッパに学んだ様子が描かれる。
産については、同じく歴史群像 No.94 2009年 4月号
所収の中西正記「国家の動脈を確保せよ! 総力戦と鉄道行政」にてこれまたコンパクトに、官の主導のもと産の側で日本国内の鉄道が吸収・統合を繰り返し、合理化されていく様子を提示している。
歴史群像 No.121 2013年 10月号
所収の田村尚也「「総力戦」から見た陸軍派閥抗争 皇道派vs. 統制派」ではタイトルの通り、軍内部での「総力戦」に対応するための軍政をめぐっての、端的に言ってしまえば「ごたごた」をまとめている(これもコンパクトに)。
しかし、どれもこれも、第一次世界大戦を話のスタートに据えており、「日露戦争→第一次世界大戦→戦間期(=総力戦体制構築期?)→第二次世界大戦」といった流れでは論述されていないし、それゆえ、私の疑問にも答えてくれてはいないように思う。
今回、紹介・感想を書いてみる片山杜秀『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』(新潮選書、2012年)
はしかし、この疑問にある程度の答えを与えてくれたように思う。(先述の田村「「総力戦」から見た陸軍派閥抗争 皇道派vs. 統制派」でも参考文献のトップに挙げられていてネタ本と言ってもいいと思う)
日露戦争と第一次世界大戦の直接の連続性を述べているのが第2章の「物量戦としての青島戦役―日本陸軍の一九一四体験」である。
ドイツの事実上の植民地である青島の日本軍による占領では、砲兵=火力を重視し、旅順攻略の無謀な歩兵突撃も見られないし、太平洋戦争での精神力偏重な陸軍のあり方も見られない火砲という科学や合理性を重視した戦い方が展開される。これは日露戦争の旅順での苦戦を反面教師としていたのだと筆者は(乃木希典を弁護しつつ)主張している。日本軍は日露戦争に学んでいたというのだ。
次章「参謀本部の冷静な『観察』」では、ヨーロッパに派遣された観戦武官が第一次世界大戦の実相をどのように評価していたかを論じているが、日露戦争に関して言えば、日本軍の観戦武官は「ヨーロッパ諸国は日露戦争から誤った戦訓を引き出している」と評していたことが示される。これは主に、ベルクソンの「エラン・ヴィタール」の概念を援用して、無謀な突撃を繰り返したフランス軍を指している。
彼らは旅順攻略から当事者たる日本軍とは異なり「精神力で優位に立つ者が戦いを制する」という戦訓を引き出し、火力重視から歩兵による突撃重視へとドクトリンを組み替えたとまで書かれている。
この本には書かれていないが、史実としては結局、連合軍は火力・機械化戦力重視へと傾き第一次世界大戦では勝利を収め、フランス軍は第二次世界大戦でも火力は重視する軍備・ドクトリンを維持していいく(機械化兵力については第二次世界大戦型の運用を脱しきれなかったが)。また、敗れたドイツ軍は機械化戦力およびそれを駆使した運動戦重視の軍備・ドクトリンを整備していく。
青島占領の時期に「戦車」などはなかったため、これを排しても、なお、この時期の日本軍は日露戦争を見て逆に振れてしまった同時期の国々に対し、一歩先んじていたと言えるのではないだろうか。
筆者の日露戦争から第一次世界大戦への連続性の叙述はその後の「変質」との対比以上の重きを置いていないため、ここまで踏み込んだ叙述はしていないが。
第4章「タンネンベルク信仰の誕生」で読者に見取り図を展開した後、筆者は本題へと移る。
「皇道派」も「統制派」も、ヨーロッパ現地で学び取った「総力戦」へどう対応するかという問題について考えていたことは一致していた。対立点はその対応の方法だったのである。
「持たざる国は持たざる国らしくあるべきである」と考えたのが「皇道派」
「持たざる国を持てる国にすべきである」と考えたのが「統制派」
第5章では小畑敏四郎を引っ張り「皇道派」がいかに身の丈に合った戦争を行うかについて述べられている。
その方法とは端的に言えば、「タンネンベルク殲滅戦を再現する」こと。しかし、現地で「総力戦」を学んだ小畑は大国相手に日本陸軍がタンネンベルクを再現できるとは考えていなかった。
小畑らの考えは
1)「「持たざる国」日本よりもさらに「持たざる国」相手に」
2)「タンネンベルク殲滅戦を再現すること」
であったと筆者や再現してみせる。
(2)は『統帥綱領』に記載された一方、(1)については、事実上の「「持てる国」相手の戦争には勝てません」と述べるに等しく、「命ぜられればそれに粛々と従う」軍人の本分から外れるとして、「皇道派」の高級軍人の胸のうちに秘せられることとなったという。
筆者は『統帥綱領』に明記された(2)を「顕教」、(1)の留保を「密教」と称しているが、もっとわかりやすく「ホンネとタテマエ」でも十分に意を尽くしているであろう。
第6章では、この「皇道派」に最終的に取って代わった「統制派」の思想を石原莞爾を引いて説明する。
「持たざる国」を「持てる国」にするのに石原が手を付けたのが満州。この地の資源を開発し、産業を育成し、日本を「持てる国」にする。それまでは大戦争は行わない。それが石原の考えであった。石原の誇大妄想気味の試算でも30年以上かかる大仕事だった。
が、満州は石原の手から滑り落ちることとなる。
ここで、「皇道派」のつくりだした『統帥綱領』でその密教を知らず、かつ、日本を「持てる国」にできてもいない「統制派」が陸軍の実権を握り、太平洋戦争へ向かうという捩れた構図が出来上がるのである。
続いて、筆者は本書の表題たる「未完のファシズム」として、明治憲法下での総力戦体制構築の困難さを説明する。
端的に言えば、明治憲法のシステムは権力のバランス重視・一極集中を避けるため、と言えば聞こえはいいが、総力戦には向いていないシステムであったのである。
有名な陸海軍間のみならず、閣僚間にも、そして、軍政間にも、ろくな協力・統制関係もない。
それでも、それまでの国家存亡をかけた戦争、特に日露戦争を戦えたのはなぜか。それは「元老」という明治維新の立役者がいたからであった。これについては特に筆者だではなく、『太平洋戦争 決定版 (1) 「日米激突」への半世紀 』(歴史群像シリーズ)
所収の黒野耐「「合意なき国家」大日本帝国の迷走」でも指摘されていることではある。
第8章では中柴末純を中心に「玉砕への道」を示す。
中柴はかの有名な「生きて虜囚の辱を受けず」を含む『戦陣訓』の起草者の一人と言われている。
またもや彼とて、工兵出身の合理主義者で総力戦をよく知っている。
中柴にとって「皇道派」も「統制派」も意味がなかった。先述の通り、軍が外交も内政も主導できない体制下では戦争のタイミングも相手も選べないし、喧嘩は相手が売ってくるものかもしれない。
では、どうやって勝つか。答えは「敵の前で死んでみせることで相手を戦慄させること」だった。
では、なぜ死ねるのか。筆者は思想的な系譜をたどっているが、私なりの言葉で書けば「天皇という日本人の中心がある限り、個は死んでも集団は死なない」からだった。
終章は補論といったところ。
全体として敬体の読みやすい文章であり、内容も一般読者を想定してか、かなり咀嚼されており、さらっと読めた。
内容も私には説得的で、「玉砕」への道を精神史という観点から説明しようという本書の試みは私にとってはほぼ成功しているように思えた。
「皇道派」にせよ「統制派」にせよ「玉砕派」(←今、私が付けた)にせよ、彼らの中に走っているのは「彼らなりの」という留保が付くものの合理性であり、その結末にあるのが合理性を超越した精神主義であったことは皮肉としか言いようがない。
ただ、この本の説明だけで、「玉砕」への道を納得してはいけないのだろうな、という気もする。というのも、当然、精神史の説明でしかないからだ。
先述した『太平洋戦争 決定版 (1) 「日米激突」への半世紀 』(歴史群像シリーズ)
に所収されている片岡徹也「日本陸海軍の用兵思想"お坊ちゃん"と"放蕩息子"」では"放蕩息子"たる日本陸軍がいかに、プロイセン=ドイツ参謀本部からそのエッセンスを学び損ねたかを論じ、太平洋戦争は兵学上の兄弟の戦いであったと主張されている。
先述の田村「「総力戦」から見た陸軍派閥抗争 皇道派vs. 統制派」では、山梨軍縮と宇垣軍縮と、同じ「軍縮」であっても、「皇道派」に沿った前者と「統制派」に沿った後者とでは性質が異なるものであったとし、どっち付かずの中途半端なものであったと結論付け、軍政のあり方も視野に収めている。
そして何より、第一次世界大戦後の日本の軍人がそこまで「総力戦」、「持てる国」、「持たざる国」といった問題に向き合わざるを得なかったかの説明がされていなかったように思う。自分がすでに述べた山室信一『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦』(「レクチャー第一次世界大戦を考える」シリーズ、人文書院、2011年)
をすでに読んだり、その合評会に参加していたためだろうか、「大戦はまた起こるし、それに日本は巻き込まれる」という当時の日本軍部などの強迫観念が本書全体を重低音のように響きながら、説明がされていなかったように感じてしまった。
あとは、話が日本陸軍のみで進められており、海軍への言及がなかったことであろうか。「十死零生」の「特攻」を始めたのは海軍であったことを考えると、結論は「中柴の延長線上に「特攻」の思想もあります」でもいいので、本書はそのことまで言及してもよかったのではないだろうか。
『戦争社会学ブックガイド: 現代世界を読み解く132冊』
をちょこちょこ読んでいるのであるが、この中で印象的なことの1つとして「戦争は平時との断絶のみではなく、連続性である」ということがある。今回の本にも当てはまるなぁ、というのが漠然とした感想である。戦間期の「総力戦」研究とそれへの対応はもちろんのこと、『ブックガイド』のどこかで述べられていた「戦時の総動員体制が戦後の高度経済成長を実現した」という部分は石原の1970年代に「持てる国」にする「荒唐無稽」な計画も、ひょっとしたら、あながち間違いとは言えないのかも、とか思った。
無論、満州事変以降、孤立を深めて世界経済から切り離されてどんどん苦しくなっていく戦前日本と西側の資本主義経済の世界の一員として生きていくことを決めてその中で繁栄していく日本とを比較するのは前提条件としてあまりにも違いすぎるのだが。
それは「第一次世界大戦の『予示』ともいえる日露戦争を戦った日本は、その経験ゆえに、第一次世界大戦型の戦争への対応については世界的にリードする立場であってもよかったはずなのでは?」ということである。
もちろん、この疑問の後には、「それなのに、第二次世界大戦での日本軍のあり方を見る限り、全くそうではない」と続く。
あまり積極的に疑問の解消へ向かう努力をしていたわけではないが、無論、主に『歴史群像』などで知識を入れており(いわゆるミリタリー雑誌に属する部類であり学術的な文章でないことは最初に断っておく)、総力戦体制へ向けて産官学軍そろって第一次世界大戦を経験したヨーロッパから知識を吸収できるだけ吸収し、応用しようと努力したという知識は、不十分ながらも取り込んでいた。
例えば、学で言えば、東京・京都の両帝国大学に経済学部が第一次世界大戦後に設置されたのは総力戦に対応できる経済体制を構築するための研究を行うためであったというのは、山室信一『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦』(「レクチャー第一次世界大戦を考える」シリーズ、人文書院、2011年)
産については、同じく歴史群像 No.94 2009年 4月号
歴史群像 No.121 2013年 10月号
しかし、どれもこれも、第一次世界大戦を話のスタートに据えており、「日露戦争→第一次世界大戦→戦間期(=総力戦体制構築期?)→第二次世界大戦」といった流れでは論述されていないし、それゆえ、私の疑問にも答えてくれてはいないように思う。
今回、紹介・感想を書いてみる片山杜秀『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』(新潮選書、2012年)
日露戦争と第一次世界大戦の直接の連続性を述べているのが第2章の「物量戦としての青島戦役―日本陸軍の一九一四体験」である。
ドイツの事実上の植民地である青島の日本軍による占領では、砲兵=火力を重視し、旅順攻略の無謀な歩兵突撃も見られないし、太平洋戦争での精神力偏重な陸軍のあり方も見られない火砲という科学や合理性を重視した戦い方が展開される。これは日露戦争の旅順での苦戦を反面教師としていたのだと筆者は(乃木希典を弁護しつつ)主張している。日本軍は日露戦争に学んでいたというのだ。
次章「参謀本部の冷静な『観察』」では、ヨーロッパに派遣された観戦武官が第一次世界大戦の実相をどのように評価していたかを論じているが、日露戦争に関して言えば、日本軍の観戦武官は「ヨーロッパ諸国は日露戦争から誤った戦訓を引き出している」と評していたことが示される。これは主に、ベルクソンの「エラン・ヴィタール」の概念を援用して、無謀な突撃を繰り返したフランス軍を指している。
彼らは旅順攻略から当事者たる日本軍とは異なり「精神力で優位に立つ者が戦いを制する」という戦訓を引き出し、火力重視から歩兵による突撃重視へとドクトリンを組み替えたとまで書かれている。
この本には書かれていないが、史実としては結局、連合軍は火力・機械化戦力重視へと傾き第一次世界大戦では勝利を収め、フランス軍は第二次世界大戦でも火力は重視する軍備・ドクトリンを維持していいく(機械化兵力については第二次世界大戦型の運用を脱しきれなかったが)。また、敗れたドイツ軍は機械化戦力およびそれを駆使した運動戦重視の軍備・ドクトリンを整備していく。
青島占領の時期に「戦車」などはなかったため、これを排しても、なお、この時期の日本軍は日露戦争を見て逆に振れてしまった同時期の国々に対し、一歩先んじていたと言えるのではないだろうか。
筆者の日露戦争から第一次世界大戦への連続性の叙述はその後の「変質」との対比以上の重きを置いていないため、ここまで踏み込んだ叙述はしていないが。
第4章「タンネンベルク信仰の誕生」で読者に見取り図を展開した後、筆者は本題へと移る。
「皇道派」も「統制派」も、ヨーロッパ現地で学び取った「総力戦」へどう対応するかという問題について考えていたことは一致していた。対立点はその対応の方法だったのである。
「持たざる国は持たざる国らしくあるべきである」と考えたのが「皇道派」
「持たざる国を持てる国にすべきである」と考えたのが「統制派」
第5章では小畑敏四郎を引っ張り「皇道派」がいかに身の丈に合った戦争を行うかについて述べられている。
その方法とは端的に言えば、「タンネンベルク殲滅戦を再現する」こと。しかし、現地で「総力戦」を学んだ小畑は大国相手に日本陸軍がタンネンベルクを再現できるとは考えていなかった。
小畑らの考えは
1)「「持たざる国」日本よりもさらに「持たざる国」相手に」
2)「タンネンベルク殲滅戦を再現すること」
であったと筆者や再現してみせる。
(2)は『統帥綱領』に記載された一方、(1)については、事実上の「「持てる国」相手の戦争には勝てません」と述べるに等しく、「命ぜられればそれに粛々と従う」軍人の本分から外れるとして、「皇道派」の高級軍人の胸のうちに秘せられることとなったという。
筆者は『統帥綱領』に明記された(2)を「顕教」、(1)の留保を「密教」と称しているが、もっとわかりやすく「ホンネとタテマエ」でも十分に意を尽くしているであろう。
第6章では、この「皇道派」に最終的に取って代わった「統制派」の思想を石原莞爾を引いて説明する。
「持たざる国」を「持てる国」にするのに石原が手を付けたのが満州。この地の資源を開発し、産業を育成し、日本を「持てる国」にする。それまでは大戦争は行わない。それが石原の考えであった。石原の誇大妄想気味の試算でも30年以上かかる大仕事だった。
が、満州は石原の手から滑り落ちることとなる。
ここで、「皇道派」のつくりだした『統帥綱領』でその密教を知らず、かつ、日本を「持てる国」にできてもいない「統制派」が陸軍の実権を握り、太平洋戦争へ向かうという捩れた構図が出来上がるのである。
続いて、筆者は本書の表題たる「未完のファシズム」として、明治憲法下での総力戦体制構築の困難さを説明する。
端的に言えば、明治憲法のシステムは権力のバランス重視・一極集中を避けるため、と言えば聞こえはいいが、総力戦には向いていないシステムであったのである。
有名な陸海軍間のみならず、閣僚間にも、そして、軍政間にも、ろくな協力・統制関係もない。
それでも、それまでの国家存亡をかけた戦争、特に日露戦争を戦えたのはなぜか。それは「元老」という明治維新の立役者がいたからであった。これについては特に筆者だではなく、『太平洋戦争 決定版 (1) 「日米激突」への半世紀 』(歴史群像シリーズ)
第8章では中柴末純を中心に「玉砕への道」を示す。
中柴はかの有名な「生きて虜囚の辱を受けず」を含む『戦陣訓』の起草者の一人と言われている。
またもや彼とて、工兵出身の合理主義者で総力戦をよく知っている。
中柴にとって「皇道派」も「統制派」も意味がなかった。先述の通り、軍が外交も内政も主導できない体制下では戦争のタイミングも相手も選べないし、喧嘩は相手が売ってくるものかもしれない。
では、どうやって勝つか。答えは「敵の前で死んでみせることで相手を戦慄させること」だった。
では、なぜ死ねるのか。筆者は思想的な系譜をたどっているが、私なりの言葉で書けば「天皇という日本人の中心がある限り、個は死んでも集団は死なない」からだった。
終章は補論といったところ。
全体として敬体の読みやすい文章であり、内容も一般読者を想定してか、かなり咀嚼されており、さらっと読めた。
内容も私には説得的で、「玉砕」への道を精神史という観点から説明しようという本書の試みは私にとってはほぼ成功しているように思えた。
「皇道派」にせよ「統制派」にせよ「玉砕派」(←今、私が付けた)にせよ、彼らの中に走っているのは「彼らなりの」という留保が付くものの合理性であり、その結末にあるのが合理性を超越した精神主義であったことは皮肉としか言いようがない。
ただ、この本の説明だけで、「玉砕」への道を納得してはいけないのだろうな、という気もする。というのも、当然、精神史の説明でしかないからだ。
先述した『太平洋戦争 決定版 (1) 「日米激突」への半世紀 』(歴史群像シリーズ)
先述の田村「「総力戦」から見た陸軍派閥抗争 皇道派vs. 統制派」では、山梨軍縮と宇垣軍縮と、同じ「軍縮」であっても、「皇道派」に沿った前者と「統制派」に沿った後者とでは性質が異なるものであったとし、どっち付かずの中途半端なものであったと結論付け、軍政のあり方も視野に収めている。
そして何より、第一次世界大戦後の日本の軍人がそこまで「総力戦」、「持てる国」、「持たざる国」といった問題に向き合わざるを得なかったかの説明がされていなかったように思う。自分がすでに述べた山室信一『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦』(「レクチャー第一次世界大戦を考える」シリーズ、人文書院、2011年)
あとは、話が日本陸軍のみで進められており、海軍への言及がなかったことであろうか。「十死零生」の「特攻」を始めたのは海軍であったことを考えると、結論は「中柴の延長線上に「特攻」の思想もあります」でもいいので、本書はそのことまで言及してもよかったのではないだろうか。
『戦争社会学ブックガイド: 現代世界を読み解く132冊』
無論、満州事変以降、孤立を深めて世界経済から切り離されてどんどん苦しくなっていく戦前日本と西側の資本主義経済の世界の一員として生きていくことを決めてその中で繁栄していく日本とを比較するのは前提条件としてあまりにも違いすぎるのだが。
2013年8月28日水曜日
Langenscheidt Universal Dictionary Germanを買いました
今回、買ったのは、Langenscheidt Universal Dictionary Germanです。
独英/英独辞典でサイズは、縦横は文庫本のおよそ半分、厚さは薄めの文庫本2冊分くらいかなぁ。
かなり(届いた時にあまりに小さくて驚くくらいには)小さいくて、ポケットに入れて歩ける感じです。(実際、歩いてます。)
独和辞典は当然(?)、持ってるんですが、和独を持ってなかったので、先述の通りサイズも小さいし、安いし、で買ってみました。
使用感といっても、まだ、購入日を含めて2日なので、まだ手に馴染んですらいない感じなのですが、とても好感触です。
黒と青の二色刷りなんですが、赤が見分けづらい中程度の色弱者にとっては赤より青のほうが見分けやすくてとても嬉しい限りです。
Amazon.co.jpのレビューでは「辞書というより単語帳」というものがありましたが、基本的に全くそのとおりです。
ただ、「英語なら、こう表現する『あれ』」と『あれ』が浮かぶのであれば、英独辞書としてはかなり限定的ではありますが、ある程度、使えると思います。
独英辞書としては表現の組み合わせについては当然ですが紙幅の関係上、基本的なものに限られています。小難しい文章は厳しそうですが、ドイツ語版Wikipediaの記事くらいの比較的平易な文章ならこれで読めなくはないかな、という印象です。
このサイズで独英/英独を兼ねてて、しかも街で「これってなんて言うんだろ?」と思ったものを引いてみたら大体出てくる、というのはすぐれものだと思います。
価格も安いので、ボロボロになるまで引き倒そうと思います。
以下、個人メモも兼ねて。
ドイツ語講座の先生(=学部2回の購読の授業の先生=研究室の先輩)に「ドイツ語の単語力がついてきたらこんなのもおすすめだよ」と言われたのが、Langenscheidt Großwöterbuch Deutsch als Fremdspracheで、ここからの芋づる式というかいろいろ調べて今回のこの辞書に行き着いたわけですが、管見の限りでは、こいつがこのシリーズで一番大きい辞書で、次いでLangenscheidt Powerwöterbuch Deutsch、Langenscheidt Taschewöterbuch Deutsch als Fremdspracheと収録単語数が減っていくようです。
うん、書いててややこしくなった。
てことで、画像の方も不等号付きで一応貼っておきます。
> >
とりあえず、Amazon.co.jpの表記、間違ってると思うねん。
2013年8月17日土曜日
USBメモリでRAID0(ベンチマーク結果の画像つき)
カッとなってやった。
4GBなUSBメモリx2でRAID0をmdで構築してみました。
構築方法は次の通り
USBメモリ単体でのベンチマーク結果
うむ、同時購入した同じ種類の2本なんだけど、くたびれ方が違うのか、書き込み速度が全然違う……
読み込み速度は倍になったけど、書き込みはよりくたびれた(?)方のメモリが足を引っ張ってるみたい。
実用性はほぼゼロw
4GBなUSBメモリx2でRAID0をmdで構築してみました。
構築方法は次の通り
sudo mdadm -C /dev/md100 -l0 -n2 /dev/(USBメモリ1本目) /dev/(USBメモリ2本目)
USBメモリ単体でのベンチマーク結果
うむ、同時購入した同じ種類の2本なんだけど、くたびれ方が違うのか、書き込み速度が全然違う……
mdでRAID0組んだ場合のベンチマーク結果
読み込み速度は倍になったけど、書き込みはよりくたびれた(?)方のメモリが足を引っ張ってるみたい。
実用性はほぼゼロw
2013年8月10日土曜日
映画『つぐない』感想
フェリシティ・ジョーンズ→映画『ノーサンガー・アベイ』→ジェーン・オースティン→『高慢と偏見』→映画『プライドと偏見』→ジョー・ライト→映画『つぐない』
と連想ゲームで随分遠いところまで来たなという感が半端ないが、前から気になっていた映画ではあった。
いい映画だったのでお勧めです。単純な人間なので泣いた。
原作の翻訳もあるようなので、読みたくなった。ご覧になるお気持ちがありましたら、以下は読まないでください。
偶然と偶然が重なり、そこに若干の屈折した感情が加わり、取り返しのつかない結果となる。
もちろん、この映画(とその原作となった小説)はフィクションである。
だが、その重大な結果を及ぼした要因どれも、現実でもありうることだな、と思う。
13歳の少女は恋愛というのを分かっていたし、分かっていなかったんだろうな、と思う。自分が同じ年齢であの立場だったらどうだろう?偽証までするかはわからないが、少なくとも同じ感情、「嫌悪感」と表現すればいいのか、一方、踏み込んで「不潔感」と言ってもいいのかもしれない、とにかく、あの感情は抱いただろうなと思った。
その少女は老女となり、ことのあらましを本にするが、1箇所だけ、フィクションが含まれている。
あのフィクションはどうなんだろうなぁ。本人は「せめて小説の中だけでも2人の時間を」という趣旨のことを言っているけど。
少なくとも、本に書いたようになっていれば、彼女の苦しみも幾分かは軽くなったろうとは思う。う〜ん。
と連想ゲームで随分遠いところまで来たなという感が半端ないが、前から気になっていた映画ではあった。
いい映画だったのでお勧めです。単純な人間なので泣いた。
原作の翻訳もあるようなので、読みたくなった。ご覧になるお気持ちがありましたら、以下は読まないでください。
偶然と偶然が重なり、そこに若干の屈折した感情が加わり、取り返しのつかない結果となる。
もちろん、この映画(とその原作となった小説)はフィクションである。
だが、その重大な結果を及ぼした要因どれも、現実でもありうることだな、と思う。
13歳の少女は恋愛というのを分かっていたし、分かっていなかったんだろうな、と思う。自分が同じ年齢であの立場だったらどうだろう?偽証までするかはわからないが、少なくとも同じ感情、「嫌悪感」と表現すればいいのか、一方、踏み込んで「不潔感」と言ってもいいのかもしれない、とにかく、あの感情は抱いただろうなと思った。
その少女は老女となり、ことのあらましを本にするが、1箇所だけ、フィクションが含まれている。
あのフィクションはどうなんだろうなぁ。本人は「せめて小説の中だけでも2人の時間を」という趣旨のことを言っているけど。
少なくとも、本に書いたようになっていれば、彼女の苦しみも幾分かは軽くなったろうとは思う。う〜ん。
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